梅田スカイビルはフリーメイソンのモニュメントである 5

イシュタル門
Ishtar Gate
イシュタル門
梅田スカイビル
共通点
1. 「門」であること
2. 「青い」こと
3. 「イシュタル」であること
「イシュタル門」周辺についての拾い読み
バビロンの北域に位置する8番目の門。紀元前575年、ネブカドネザル2世により建設された。
青い釉薬瓦で、バビロンの女神イシュタルと共に、ムシュフシュ、オーロックスの浅浮き彫りなどが描かれている。(…)
イシュタル門周囲の発掘をもとに、1930年代にはベルリンのペルガモン博物館にモザイクで彩られたイシュタル門の復元が完成した。またバビロンにも門と一部モザイクのレプリカが完成したが、イラク戦争で被害にあっている。
●バビロニア−バビロン
バビロンは、かなり早くからその場所が特定されていた数少ない例である。明らかに人工物と思われる塔の一部や城壁らしき遺構が、19世紀になっても砂漠の真ん中から顔を出していたからである。これらはドイツ隊による発掘の結果、イシュタル門とそれに続く行列道路の城壁であることが確認された。いずれも、新バビロニア時代のものである。(…)
イシュタル門を挟んで南側には、「南城」と呼ばれる王族の居住区がある。ここは玉座の間や中庭、神殿をも含む構造物群で、有名な「空中庭園」もここにあった。
1902年にイシュタル門を発掘したドイツの考古学者によれば(…)
巨大な宮殿を建設し宮殿に通じる大通りを作り(行列道路)、有名なイシュタル門も建設された。これは彩色レンガを用いて青を基調にした装飾性豊かな門であり、現在ベルリンのペルガモン博物館で復元展示されているほか、イラクでもレプリカが建設されているなど、古代バビロニアを象徴する建造物の一つとなっている。(…)
またネブカドネザル2世に纏わる伝説として、彼が空中庭園を造営したというものがある。
新バビロニア
ネブカドネザル2世(BC604〜562年、Nebuchadnezzar)の頃が最盛期で、メソポタミア、シリア、パレスティナを支配し、バベルの塔やイシュタル門などを建築した。また、ユダ王国を2度の遠征で滅ぼし、ユダヤ人の大量移送、バビロン捕囚(Babylonian captivity)を行った。
壁面の「青」
上の引用により、イシュタル門の壁面の「青」はテキトーなものではなく、発掘に基づいたものであることが分かったと思う。それは考古学的な事実であり、「イシュタル門」に固有の色である。
次に梅田スカイビルであるが、その壁面があまり青く見えないという人もいるかも知れない。また、「それが青みがかって見えるのは空の色を反映しているからだ」と言う人もいるかも知れない。しかし、違う。確かに空の色を反映して一層青く見えることはあるけれども、梅田スカイビルの壁面は基本的に青みがかっているのである。
それを確かめるためには、建物の写真を見るよりも、このビルの建築パースを描いた人やこのビルのアクセサリーを作った人達がこのビルの壁面にどのような色を “指定” されたかを見た方がよいかも知れない。
やはり建築パースが一番実際に “近い” 色を出している。が、とにかく、梅田スカイビルは「青い」のである。青く “プロデュース” されているのである。
推論
上で引用した文章たちで分かるように、
1.「イシュタル門」 は 「バビロン」 であり、
2.「バビロンの空中庭園」 も当然 「バビロン」 である。
3.ならば、梅田スカイビルの空中庭園も 「バビロン」 なのではないか。
梅田スカイビル自身、「バビロンの空中庭園」の名を出すには出している。
しかしそれは人類共通の「空中庭園幻想」から生まれ出たものの一つとしてである。その位置付けにおいて「バビロンの空中庭園」はあくまで one of them である。参照
しかし、梅田スカイビルが「八芒星を抱いた青い門」であるならば、それは「バビロンのイシュタル門」であるから、その展望台も当然「バビロンの空中庭園」だろう。
もちろん、形は似ていない。梅田スカイビルの空中庭園には緑もない。
しかし、概念として、希求として、それは「バビロン志向」だろう。
フリーメイソン/イルミナティは「バビロン志向」だろうし。
私は梅田スカイビルが「イシュタル門」であることは「事実」とする。
その上に次のように「推論」を置く。
梅田スカイビルは「バビロン再建」を望む人達が造ったものだろう。
注)建築物を「造る」のは必ずしも建築家ではないことだろう。建築家は基本的に「注文」を受ける身である。
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